登入ロッジのような一室。木造りの天井と丸太で出来た壁。そこのベッドにユウマは腰掛けていた。
ここがゲームの中らしい。
顔の前にはステータス画面のような半透明の青いボードが浮かんでいる。
システム音声が響いた。
「プレイヤー様。VALORIUMオンラインの世界へようこそ!」
「あ、はい」
「まず、プレイヤー名を決めてください」
「トウマで頼む」
彼の本名は
「トウマ、その名前は使用できます」
「良かった」
「次にゲーム内職業を選んでください」
画面には様々な種類のジョブが並んだ。
そして右上には特別コード入力の文字。そこをタップして、暗記していた英文字を打ち込んだ。
果たしてどんなギフトがもらえるんだろうか?
チートスキルの予感に胸が高鳴る。
画面に現われたのは、とんがり帽子にローブの男。
システム音声が告げる。
「おめでとうございます。貴方の職業はコントロールメイジです」
「え?」
トウマの両手に安っぽい木の杖が現われる。
勝手にジョブが決まってしまっていた。これが特別コードのプレゼントという事なのだろう。コントロールメイジは強いのだろうか?
「次に、ビジュアルを作成してください」
操作をして、トウマは格好良いアバターを自分なりに作って行く。
青の短髪、目も青色。身長は高め。体格は細マッチョ。爽やかふうにアレンジをした。
これで良し。
「……普通のVRだな」
トウマが着ている服は白のシャツにデニムの膝丈までの半ズボン。ちょっとダサい初期装備である。だが文句を言っても仕方無いだろう。
トウマは立ち上がった。
思わず気分が高揚する。
題して自分探しの旅。
違う。
とりあえずヴァルを稼いでみたい。
「次に、使い魔を授けます」
ふと、周囲に声が起こった。
「貴方の助けになりたいから。
――人助けに何か理由が要りますか?」
光が弾けた。
空間が揺らいで、茶髪ロングの女の子が現われる。
茶色い猫耳にふさふさとした尻尾。右手には剣。左手は腰に当てている。身長は140cm程度と言ったところか。ピンクの服を着ていた。
――使い魔、猫の亜人。
そいつが喋った。
「貴方がご主人様ですか?」
「あ、ああ。そうみたいだ」
「お名前は?」
「トウマだ」
「はい、トウマ。では、私の名前を教えてください」
「お前の名前?」
あごに右手を当てて考え込んだ。
少し考えてから口を開く。
「俺が冬だから。お前は夏、つまりウミだ」
「ウミ~? 分かりました。私はウミなのです!」
ウミが耳を垂れて、尻尾をゆらゆらと揺らす。口から覗く八重歯がちらり。チャーミングなエクボが浮かんでいた。
「よし、ウミ、一緒に冒険に行ってくれるな?」
「あいあいさっ」
二人で室内を出て、ロッジを後にする。
開きっぱなしのステータス画面からまた音声が起こった。
「チュートリアルモードへ移行します」
ドンという音がして上空に文字が浮かぶ。
――ゴーレムを排除せよ
トウマは辺りを見回した。ロッジの周囲は草原に囲まれている。背後には山へと続く道があった。そして正面の向こうには灰色のゴーレムが二体いて、のしのしと歩行をしている。ゴーレムのいるさらに先には崖がある。
ステータス画面をいじって、トウマは自分のスキルをチェックした。三つある。
グラヴィティライン(動きを封じる)。
リダイレクト(攻撃方向を変える)。
フィールドハック(地形利用の最適化)。
表示された文字は、ゴーレムを排除せよ、である。
……撃破では無く排除か。
なら倒す必要は無い。
配信の欄から配信開始をタップする。すると空中にドローンが現われて、トウマの背後上空に浮かんだ。視聴者数はゼロ。
……配信補正バフがかかるのか。
視聴者がメッセージを送信したら、コメントが空中を流れるのかもしれない。
クローズと言うとステータス画面が消える。
隣にいるウミがトウマの腕の袖を引っ張った。
「トウマ、どうやって倒すのです?」
「簡単だ」
ゴーレムの先をトウマは指さした。
「崖があるだろ?」
「はい。ありますね」
「落とすんだ」
「え? それ、面白く無くないですか? せっかくのゲームですし、戦いましょうよ!」
「ウミ、勝てば良い」
二体のゴーレムへと向かってトウマは歩き出す。
一体がこちらをターゲットし、のしのしと歩いてきた。
「ロックオンアサルト」
ゴーレムが唱えた。素早いタックルを繰り出す。
「あっぶね!」
トウマは左に避けて回避した。
「来い! でかぶつ」
そして崖際へと走り、そこで立ち止まる。
ゴーレムがどしどしと歩いてきてまた唱えた。
「ロックオンアサルト」
「よっと!」
右手側に柔道の前回り受身を取る。ゴーレムは崖から落ちると思ったのだが、ぎりぎりのところで立ち止まっていた。体型の割に器用である。
そこでトウマは唱える。
「グラヴィティライン」
トウマの杖から伸びた青黒いロープがゴーレムの足下に巻き付いた。ゴーレムは身動きできないようで、声も上げずにそのままじっとしている。
敵の動きを封じるスキルである。なるほど、
トウマはまた唱える。
「フィールドハック」
瞬間、視界が赤く染まった。英文字が現われる。
Enemy ground.
Make it slippery.
Is this okay?
トウマはゆっくりと二度頷いた。
「OKだ」
瞬間、ゴーレムが足を滑らせて崖へと転落していく。下で衝突音が鳴った。
一体目排除である。
……これは使える。
フィールドハック……地形そのものを操作するスキルか。
もう一体のゴーレムの方に顔を向けると、ウミが一生懸命に戦っていた。彼女が唱える。
「フレイムウェポン!」
ウミの頭に赤い剣のマークが灯る。攻撃力アップのスキルだろうか?
ウミは一生懸命にゴーレムを斬りつける。しかしゴーレムの反撃に合い、やがて防戦一方になった
「このっ! こいつ、強いですぅ」
トウマはため息をついて、ウミの戦いをじっと見つめる。
そこで気づいた。
……HPMPバーが見えるのか。
ウミが叫ぶ。
「トウマ! 助けてくださいっ!」
「仕方無いな。グラヴィティライン」
トウマの杖から青黒いロープが伸びる。ゴーレムの足に巻きつき動きを封じた。
「ほら、これで倒せるだろ?」
「それ、ズルく無いですか?」
ウミの尻尾がモフモフと揺れる。両手の剣でゴーレムをメッタ斬りにした。やがてゴーレムはHPバーを無くし、その場に崩れて消える。
二人の頭上に文字が浮かんだ。
――クエストクリア
トウマ
【評価A】
【+520ヴァル】
称号
『非破壊排除』を獲得
ウミ
【評価C】
【+120ヴァル】
ウミが嘆くようにこぼした。
「どうして私は評価Cと低いんですか? 称号も無いですぅ」
「さあ、それは俺にも分からんが、倒し方で評価が変わるのか?」
「私の倒し方は効率が悪かったのですか?」
「まあ、崖に落とした方が楽だよな?」
「トウマ、それつまんないですぅ」
「つまらないと言われてもな」
「……ちゃんと戦った方が楽しいですぅ」
ウミの耳が垂れる。しょぼんとして肩を落とした。地面に剣でバツ印を描いている。
あれから二日が経過していた。 朝。アパートの広い室内で、ユウマは一人目を覚ました。身体をひねって布団をはぐ。ベッドに腰かけて目をこすった。 大雨が降っているようで、窓をバタバタと叩いていた。まだ梅雨明けしていないのだろうか? 憂鬱な朝だった。冷房をつけっぱなしで寝てしまったようで、空気はひんやりとしている。 真帆はいない。 ――トウマ、あたし、帰るね。 一昨日、彼女はそう言ってどこかへ行ってしまった。一体どこに帰ったのだろう? 真帆の帰る場所はこのアパートしかないというのに。もしかして、七見丘に帰ってしまったのだろうか? レベルを1に落とされた自分に愛想を尽かしたのかもしれない。 どこにいるのかは分からない。だが、真帆がまだゲームを続けているのは確かだった。ゲーム内のステータス画面から、彼女がログインしているかどうかを知ることならできた。「……帰ってきてくれ」 彼女にはチャットを打ってある。ゲーム内で電話をかけた。現実でも電話をかけた。だけど、彼女が出てくれることは今のところ無い。 窓からは、雨雲越しに薄明かりが差し込んでいた。ピンク色のカーテン、ピンク色の布団カバー、ピンク色のカーペット。全部、全部お前の好みじゃないか。お前がこの色が良いって言うから、選んだんだぞ。 ベッドからよろよろと立ち上がる。昨夜は酒を飲んだので、机にはビールの空き缶が置かれてある。体調がかなり悪かった。酒が弱いくせに、無理して飲むからこうなる。ちょっと吐き気もした。額に手を当てる。……大丈夫、熱は無さそうだ。 机の上には真帆の化粧道具と鏡も置いてある。彼女の存在がしっとりと思い出されて、思わず目が潤んだ。「……どこへ行った?」 部屋を出る。シンクで水を一杯飲み、それから簡単な料理をした。目玉焼きとインスタントの味噌汁。納豆を用意した。だけど、炊飯器にはご飯が炊けてない。舌打ちをした。仕方無く食パンを食べることにする。食パンに納豆をかけてかじった。 ひどく味気なかった。 ……真帆。 お前がいてくれれば、楽しい朝ご飯なのに。
どうして自分たちばかり、こんな目に遭わなければいけないのよ。 もう散々だ。 疲れた。 ルスプルの道具屋前の石畳だった。 ベルフラウは建物の壁を背に、一人うずくまっていた。三角座りをしており、両手で膝を抱えている。 トウマたちから逃げるように、転移石を使ってワープしてきた。今頃彼らはびっくりしているだろう。ベルフラウがいなくなったことを悲しんでいるかもしれない。悲しみを通り越して、呆れているかもしれない。 小雨が降っていた。さらさらと降り注ぎ、地面を浅く濡らしている。NPCの親子連れが傘をさして歩いていた。子供は緑色のカッパを着ている。子供が「雨雨ふれふれ」と口ずさみながら、長靴の底を弾ませて歩いていた。こっちの気も知らないで、のんきに振る舞わないでよ。憎たらしい。(あたしはいつから、こんなに嫌な女になったのだろう) 対面の建物の軒下では、肩に傘をさしたままギターの弾き語りをしている女性がいた。どうしてゲーム内で歌うのだろう? 現実でやればいいのに。 ベルフラウの家には一千万円ほどの支払い義務がある。 一週間後には、トウマがお父さんにお金を貸す約束だ。 けれど。 けれど、これじゃダメじゃない! キャルル丸は乗り物コロシアムで優勝できなかったし、 そのせいで賭けに負けてしまった。 そして先ほど、トウマはレベルが1に落ちてしまった。 レベルを戻すだけでも、1000万ヴァルでは利かない。スキルやアビリティレベルも合わせれば、もっともっとかかる。 王城争奪戦に勝てない。 王城争奪戦はルール上、団長が死ねば、そのギルドは敗北だ。 負ければお金が入ってこない。 1ヴァルたりとも。 ベルフラウの呼吸が荒くなる。(はぁ、はぁ、はぁっ……) お金を払えなければどうなるのだろう。 お父さんはどうなるのだろう。 お母さんは?(あたしたちは?)
「これはこれは皆さん、お集まりのようですねぇ。楽しんでいますかぁ?」 夜月のひずんだ声が響いた。 彼の隣にはモナがいる。レベルブレイカーの剣を右手にぶら下げていた。 トウマは食事をやめてすぐに立ち上がった。夜月に身体を向ける。ステータス画面からブラウンのステッキを取りだして、警戒をあらわにした。 トウマが尋ねる。「夜月、何をしに来た?」「そんなに警戒しないでくださいよぉ。トウマさぁん、私はただ、乗り物コロシアムの優勝者と準優勝者を褒め称えに来ただけでありまして、ねぇ?」 夜月の唇が三日月のようにつり上がる。「お前に褒められても、気味が悪いだけだけどな」「それはひどいことをおっしゃる」「夜月、早々と立ち去ってくれるか? お前がそばにいると、安心して飯も食えん」「安心して食べていただいて大丈夫ですよ?」 トウマの仲間たちはすでに椅子から立ち上がっていた。ステータス画面から武器を取り出している。 辺りを走り回っていたNPCの子供たちがこちらを不思議そうに見つめていた。料理人たちが怪訝な表情をして手を止める。他のテーブルで食事を摂っていたプレイヤーたちも食事をやめた。空気がざわついてきていた。 ウミが口を開いた。その口から鋭い八重歯が覗いている。「お前、どっか行けですぅ!」「ひどい言いようですねぇ。ウミさぁん。私はこんなにも、皆さんと仲良くしたいと思っているのに」「お前と仲良くなんてしたく無いですぅ!」「ウミさぁん、どうです? 今日を機会に、私の仲間になってはいかがですか?」「は?」 ウミの目が点になった。モフモフとした尻尾がピンと立つ。彼女が声を紡いだ。「なるわけ無いです!」「振られましたか。そうですかそうですか。仕方ありませんねえ」 夜月は芝居がかった仕草で両手を開き、首を振った。 ニキとキャルル丸がトウマの隣に並んだ。女たちを守ろうとするかのように肩をいからせている。 ニキが言い放つ。「夜月、お前どうせ、またレベルブレイカーで俺っちたちのレベルを落とそうっていう魂胆だろ?」「何を言っているんですか? ニキさぁん。その言葉、さっぱり理解できません」「じゃあ、お前の隣にいるモナが持っているレベルブレイカーは何さ!?」「ははは、これはですねぇ。さあモナ、始めますよ」 夜月が指示した。 モナがうひひと笑って頷く。
「キャルル丸ぅ、どうして棄権したですかぁ?」 ウミがキャルル丸のあごを撫でる。 キャルル丸は微妙な顔つきで頭を垂れた。「きゃるるぅ」「すまない、じゃないですよぉ? みんなが賭けに負けちゃったです!」「きゃ、きゃるー」「もぉー、これじゃあお金を投げたのと同じですぅ」「きゃ、きゃるるぅ……」「私はキャルル丸が勝てるように、キャルル丸にヴァルを与えて、レベルを上げたんですよぉ?」「きゃるぅ」「すまん、じゃないですよ、もう!」「きゃ、きゃるるぅ」「キャルル丸、そんなにエリザさんが好きなんですかぁ?」「きゃるる!」 アランクルスの円形闘技場前では、キャルル丸の反省会が行われていた。 太陽が西に傾いてきている。涼やかな風が吹いており、ウミの髪がゆらゆらとなびいていた。 NPCの子供たちが走り回っており、鬼ごっこをしているようだった。男の子が「ここまでおいでよー」と叫んで逃げて行く。女の子が「待って待って」と言って追いかけていた。出入り口の両脇では、料理人が調理をしている。上質な肉が豪快に焼かれていた。香ばしい匂いが漂ってきている。 地面にはたくさんの丸テーブルが出されており、肉料理を中心とした豪華な品物が並んでいた。グラスオースのメンバーは椅子に座っており、食事をしていた。だけどみんなのテンションは低い。キャルル丸が決勝戦を棄権したからだった。キャルル丸とウミだけは立っており、ウミがキャルル丸にお説教をしている。キャルル丸の背後にはエリザもいた。 配信はキャルル丸に対する苦情ばかりであった。なので先ほど配信中止した。 椅子に座っているニキがみんなに頭を下げる。「みんな、ごめんさっ! キャルル丸が負けちゃったよ。キャルル丸に代わって、主人の俺っちが謝らせて欲しい!」 トウマがあごを手で撫でる。「ふむ、仕方無いだろうな。これは」「仕方無く無いわよ! 戦って負けたのなら分かるけれど、棄権って何?」 ベルフラウはぷんぷんと怒っている。 その肩にトウマが手を置く。「そう言うな、ベルフラウ。勝負には負けたが、キャルル丸には晴れて恋人ができたんだ。これは喜ばしいことだ」「だけどダーリン。50万ヴァルの大金が無くなったのよ? みんなの分を合わせれば350万ヴァルよ? あたしたちのお金が、パーになっちゃったわ」「……そうだな」 トウマが顔
「キャルル丸ーん、あたいに勝ちを譲ってくれないかしら?」 エリザがとろけるような甘い声を響かせた。 キャルル丸の額から汗が垂れる。「きゃ、きゃる……」(ど、どうすれば……) 乗り物コロシアムの決勝戦だった。 試合場の地面の上、キャルル丸とエリザは一定の距離を置いて対峙している。キャルル丸の体は竜に戻っていた。 観客たちの声援は今までで一番大きかった。NPCの子供たちが興奮した様子でフェンスを掴んでいる。子供たちは口をいっぱいに開けて「頑張れー!」と叫んでいた。 空の太陽は傾いてきている。雲一つない青空があった。青空をぐるりと回るようにトンビが泳いでいる。ピーヒョロロと鳴き声を上げた。:キャルル丸! 絶対に勝ってくれよな!:お前に50万ヴァルをぶっぱしてるんだぞ!:キャルル丸ちゃん、頑張れー! キャルル丸は首をぶんぶんと振った。申し訳なさそうな顔つきでエリザに告げる。「きゃるるぅ」(エリザよ、勝負をするぞ)「勝負をするって、キャルル丸、貴方まさか、あたいを殺すつもりなのかしら?」「きゃる……」(そ、それは……) エリザがどうしてか頬をそめて、照れくさそうに述べた。「キャルル丸、さっきの貴方の戦いはちょっと格好良かったわ。見惚れちゃったもの。もしも勝ちを譲ってくれるのなら、あたいがつき合ってあげなくもないけれど?」「きゃるる!?」(我とつき合ってくれるのか!?) エリザが地面を足で踏み鳴らす。「そうよ、どうする?」「きゃるるぅっ」(つ、つき合ってくれ、エリザ!)「仕方ないわねえ、分かったわ。じゃあ、棄権してよね」 観客席は大ブーイングだった。エリザに向けてやじが飛んでいる。 キャルル丸の仲間たちの声も聞こえた。「何をやってるさ! 戦わなきゃダメだろ!」とニキ。「勝ってヴァルを稼げ」とトウマ。「口車に乗っちゃダメ!」とベルフラウ。「きっと罠ですよぉ!」とウミ。「エリザ、キャルル丸に話しかけるな!」とアイギス。「みんなが勝ちを願っているよ!」と晴恋。 キャルル丸は俯いて首を振る。(……どうすればいいのだ) エリザが畳みかけるように声をかける。「ほら、キャルル丸。棄権しなさい」「きゃ、きゃるる、きゃるるぅ」(え、エリザよ。我は仲間たちに優勝を期待されていてな)「そんなの知らないわよ。キャルル丸、あたいとの
「これで終わりだ!」 こちらに向かってテレサが走って来ている。テレサにまたがっている黒騎士が槍を振り上げた。トドメの一撃を繰り出すつもりのようだ。キャルル丸の心を絶望がむしばむ。 夜月しか勝たん:テレサは最高のダークホースですよw キャルル丸の世話係:動いてキャルル丸! 溶けた50万:……死んだな。 地面に転がっているキャルル丸が顔を上げる。 残りHPはあと一メモリだった。 口の中に土が入ってしまったようで、じゃりじゃりとした。(ちくしょう、死んでしまう) その時キャルル丸の脳裏に浮かんだのは、 どうしてかニキの顔であり。「キャルル丸、立てよっ!」 観客席から、主人の声が大きく響き渡った。 こんな自分を心から愛してくれた。 時には叱ってくれて、 時には慰めてくれた。 いつも隣にいてくれる存在。 優しい、 優しい主人。 彼の期待に応えたい。 テレサの姿が眼前にあった。馬上の黒騎士がキャルル丸に向けて槍を振り下ろす。(動け、我の身体!) 動け! キャルル丸の顔が勇敢に引き締まった。「キャルルアアアッ!」(ルミナスウイングッ!) キャルル丸の背中に白く輝く翼が広がる。勢いよく飛び立った。敵の槍を回避して、素早く移動する。テレサの後ろに降り立った。 黒騎士の槍が空を切り裂く。 テレサがつまらなさそうな態度で身体を旋回させた。「貧血のキャルル丸よ、まだそんな力が残っていたか」 キャルル丸はぜいぜいと息をついていた。 やがて、背中のルミナスウイングが消える。 目を尖らせてにらみつけた。「きゃるるっ」(我は、我は負ける訳にはいかないのだ)「ぶははっ、強がりは口だけにしておけよ。お前はあと一撃で死ぬ」「きゃるるっ」
森の道へと入った。 木の葉からこぼれる太陽の日ざし。茶色い小鳥が木枝から飛び立った。落ち葉の多い地面。空気は澄んでおり、森林浴にはもってこいだ。 森の奥へとウミはどこまでも逃げて行く。その背中をテラーウルフが追いかける。そのまた後ろをトウマが追跡するという構図だ。 可愛いは正義勢:ウミちゃん逃げて! 古参ニキ:死んだと思ったらまだ生きてる。 開けた大地にたどり着くとトウマは唱えた。安っぽい木の杖を構える。 「グラヴィティライン」 トウマの杖から青黒いロープが伸びた。テラーウルフの足に巻き付いて拘束する。 「がうばうっ!」 走っていたテラーウルフは前のめりに
ゴーレムを倒し終えると、ノーファンの村へと二人は転移した。 辺りには木造りの民家が立ち並んでいる。遠くを見ると森や山があった。地面は土。その道路で、トウマとウミは隣り合って佇んでいた。 「普通の村だな」「そのようですね」「とりあえず、狩り場に行くついでに、村を見て回ってみるか」「はぁい!」 二人で並んで歩き出す。 すぐに他プレイヤーの姿があった。 横切っていく通行人。その顔色は明らかに沈んでいた。他にも座り込んでいる女性がいた。壁にもたれかかっている男。空を見上げている魔法使いふう。誰もが死んだ魚のような目をしている。 異変に気づいたウミが声をひそめてつぶやく。不安に揺れ
ログネストの玄関は広い空間になっている。背の高い天井。タイル敷きの綺麗な床。 しかし、空気は息苦しいほど重かった。 今も、通路からドリンクを汲みに来た利用客がある。ちらりと振り返ると、寝ていないような疲れた顔をしていた。 ふと隣には男性店員に連れられた太り気味の客がやってきた。太り気味の客は男性店員に頭を下げて大声を出す。 「待ってください! あと五時間、五時間プレイできれば、ヴァルを払えそうなんです!」「お客様、すでに退室の時間でございます」 (……ヴァル?) 背中に鳥肌が立つのを感じながらユウマはカウンターに向き直る。 茶色い受付台を挟んで、ユウマの前には女性店員が立って
それは、どこにでもある小さな“シアワセ”だった。 朝。寝息を立てているユウマの肩に、妻が優しく手を置く。 「ユウマ、起きて起きて」「むにゃむにゃ、もっと寝てたい」「駄目。会社に行く時間よ」「ぐぐー、ん、朝?」 瞳を開く。目の前には妻の優しい笑顔があった。ユウマはダブルベッドから上半身を起こし、右手を口元に掲げて大あくびをする。 「ふわあ」「あら、大きなあくびですこと」「朝食は?」「出来ています。着替えて、ダイニングへ来てくださいな」「ああ、分かった」 クスッと笑って妻が部屋を出て行く。スリッパの足音が遠ざかって行った。 ユウマはベッドから出て支度をする。ワイシャ